パスタの長い歴史
老若男女問わず人気のパスタ。その長い歴史を簡単に確認してみました。


中国が先かイタリアが先か?
ソース(汁)をからめて食べる近代麺料理(乾麺)は中国が先で、シルクロードを通りマルコ・ポーロによってイタリアに伝わったものなのか、ギリシャから伝わった麺料理をイタリア人が進化させたものなのか、長く論争されていたが、イタリア国内での名誉裁判で、マルコ・ポーロがイタリアに帰る一年前にすでにパスタ(乾麺)が存在していたということを証明できたという。それほどプライドと愛着を持っているイタリア人にとって、パスタに対する思い入れは並大抵ではない。それもそのはず、イタリアは、原始的な生パスタが古代ギリシャから伝わったとされる2000年以上も前からパスタと付き合っているという筋金入りのパスタ王国。他の国には負けられない意地もあったのだろう。ところで、この「パスタ」の語源は“粉と水を混ぜ合わせこねたもの”という。こねることによってあの独特の歯ごたえと美味さを生み出しているのだ。
中世時代のパスタ
好みの詰め物を板状に伸したパスタに包んだ、ラビオリなどが広く普及し出したのは8世紀のころ。おそらく、肉類やその他の材料の大型のパイ包み焼きにヒントを得たもので、当時は小型のパスタだったらしい。中世の料理は、ローマ帝国の崩壊から中世都市国家の出現にいたるまでの数世紀の間、天然資源の不足などで悲惨な状態におかれていた。
これに対し、東方のビザンチン帝国はあらゆる分野において洗練された文化を開花せていた。11世紀にはビザンチン帝国のミケーレ7世の妹がヴェネチアの統領と結婚したことによってビザンチンの食文化が伝わり、イタリアに最初のフォークがもたらされた事と同様に、ビザンチン料理からヒントを得て、いろいろな形の詰め物パスタがこの時代に考案されたという。
12世紀には、シチリア島を支配下に納めたアラビア人が孔あきパスタをシチリアにもたらしている。商取引のためアラビア砂漠やイラン砂漠を通行するとき、食事の材料として小麦粉を携行したが、腐りやすく不便だったので、小麦粉を予め水で練りこんで孔をあけ、乾燥させておくということが考え出されている。孔をあけることは、十分な乾燥と保存させるために欠かせないことだったのだ。この孔あき乾燥パスタは、保存性があり便利なので、シチリアからイタリア南部を中心に広まっている。日本でも人気のイタリア南部の名物マカロニには、様々な知恵が盛り込まれているのだ。

初めはアメリカ料理
パスタ乾燥のための理想的な気象条件を備えていたので、アラビアの乾燥パスタは、イタリア全土に広まる。何よりもソースとの組み合せによる味のバリエーションが豊かなので、高い食文化を求めるイタリア人に取り入れられたといえる。そしてついにパスタがイタリアの民族的料理になるのである。その後、多くのイタリア人移民によってアメリカに伝えられたパスタ料理は当初、アメリカ料理として日本に伝わるのである。

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